SPECIAL

Let It Snow

コツ、コツ。
窓を叩く音にエメロードは目覚めた。
部屋は薄暗い。
隣のベッドを見ると、ボヌールはいなかった。
きちんとベッドメイクされ、整えられたベッドの上に夜着が畳んで置いてある。
エメロードは手を伸ばし、時計を見た。
朝の6時。
こんな早くから、彼はどこに行ったのだろう。
エメロードはベッドから抜け出すと、冷気に思わず身震いをした。
手を伸ばし、椅子の背もたれにかけてあったガウンを羽織る。
カーテンからは、薄暗い光が漏れていた。
コツコツという音は、絶えず鳴っている。
エメロードが、勢いよくカーテンを開くと、曇天の空からキラキラとした粒が舞い落ち、窓ガラスを叩いていた。
「みぞれ?」
呟いて窓を開ける。
一気に冬が流れ込んで、肌を刺す寒さと、顔に当たる細かな粒にエメロードは慌てて窓を閉めた。
ガウンについた小さな粒は、確かに氷で、繊維の上であっという間に溶けてゆく。
エメロードは、どさっとボヌールのベッドに腰をかけた。
隅々まで綺麗に整えられたベッドを見ながら、きっと出て行く時も自分を気遣って、音を立てないようにそっと出て行ったのだろうと思うと、なぜかフッと笑いがもれてくる。
ボヌールは制服を着崩したり、寝癖のまま授業に出たりと、無頓着に見せていて、実は几帳面だったりする。
どこか品を感じさせるアンバランスさが可笑しかった。
彼の枕をポンポンと叩くと、柑橘系の甘い香りがした。

窓から差す光が、少し明るくなったようだ。
それと共に誰かの笑い声が聞こえた。
窓から覗くと、コンソラトゥールとパシアンスが、白い欠片の降る空の下で、何かを話しているようだった。
エメロードは楽しそうな気配を察して、窓を開けて声をかけた。
「コンソラトゥール、パシアンス! 何しているの?」
声に反応したふたりがエメロードを見上げる。
「今ね、ぼくの繭でスノーマンを作ろうと思ってるの」
コンソラトゥールが元気よく手を振る。
「エメロードもおいでよ!」
パシアンスは、両手をポケットに入れてコンソラトゥールの横に立っている。
きっと朝から引っ張り出されたのだろう。
断れないところが彼らしい。

エメロードは、素早く着替えを済ませると、部屋から出て階段を急いで降りる。
中庭に出ると、パチパチと音を立てて、氷の粒が全身に降りかかる。
「朝早いねぇ」
そう言うエメロードに
「初雪だよ! でも積もりそうにないから、ぼくがパシアンスにスノーマンを作ってあげるって一緒に来たの」
「強制的にな」
「本当は、楽しみでしょ?」
ぶっきらぼうなパシアンスにコンソラトゥールは動じない。
「って言うか、お前の場合、スノーマンじゃなくて、コクーンマンじゃねーの?」
「センス!」
その声に驚いて三人が後ろを振り向くと、ボヌールとサジェスが立っていた。
「パシアンスちゃん、そのネーミングセンス、いいんじゃない?」
「べ、別にそのまま言っただけだろ」
「いいよー、コクーンマン。次の俺の映画のタイトルにするわ」
ボヌールがパシアンスの肩に肘を置くと同時に、パシアンスはそれを振り払う。
「触んなよ。お前の映画なんて誰も観ないだろ」
「うわー、傷つくー」
ふたりのやりとりを笑って見ていたコンソラトゥールが、ボヌールとサジェスの持っている湯気の立つカップに気が付いて声をあげた。
「あー! ボヌールのショコラだ。いいなぁー」
「そ、女神様が朝、部屋に降臨して、私に言ったのです『ショコラを淹れなさい』と……」
ボヌールが恭しくそう言うと、顔を赤らめたサジェスが止めに入る。
「そんな言い方してないよ。少し朝早かったから寝てるかなーとも思ったんだけど、今日はすごく冷えるでしょ。もし起きてたら淹れてもらおうと思って。そしたら、出てきてくれたから僕の部屋で淹れてもらったんだ」
「パシアンスちゃんはもういなかったけど、ここにいたのねー」
肘で突いてくるボヌールを払いながら「うるさいな」パシアンスは心底迷惑そうだ。
「ぼくも飲みたいなー、寒くて」
コンソラトゥールが羨ましそうにショコラを眺めていると
「いいよ、僕のでよかったら」
サジェスがカップを差し出した。
「本当? いいの?」
嬉しそうに両手でカップを包むと、コンソラトゥールは一口ショコラを口にした。
満面の笑みが湯気の向こうでとろける。
コンソラトゥールは感情が素直に顔に出る。
怒った時の膨らんだ?、ぽろぽろと涙をこぼす瞳、そしてこんな風に周りまでとろけさせてしまう笑顔。
もう一口、口にして、コンソラトゥールは「ありがとう! すごく美味しかった」サジェスにカップを返した。
そして、ふとボヌールの顔を見てプッと吹き出す。
「何よ」
「ヒゲ、できてるよ」
「え、うそ、ホントに?」
サジェスがハンカチをスッとボヌールに渡そうとしたが、ボヌールは受け取らずに、右手の親指で、クイッと上唇を拭った。
「女神様のハンカチ、汚すのはもったいないでしょ」
サジェスは「いいのに」くすりと笑った。

いつの間にかみぞれは雪に変わり、みんなの髪に綿毛のようにふわりと乗り始めていた。
パシアンスは、コンソラトゥールの頭を見て思わず手を伸ばして止める。
それに気がついたボヌールが、
「こうやるんだよ、見てな」
コンソラトゥールの髪をクシャクシャっとかき回す。
「何するの、やめてよー」
「雪が積もっちゃうよ、天使ちゃん」
「もう大丈夫だからー、あ、ボヌールだって」
コンソラトゥールはボヌールの頭に手を伸ばすが、届かない。
「惜しい、頭、下げよっか?」
「意地悪言わないでよぉー」
ふたりはじゃれ合う小型犬と大型犬みたいだ。
「もう、ふざけすぎだよ、ボヌール」
「え、なんで俺だけ、エメ様、その辺詳しく」
「君が一番ふざけてるからだよ」
「贔屓反対」
ふふっと、サジェスが笑う。
「僕、こうやって、雪に触れたり、感じたりするのは初めてかも。いつも部屋に閉じこもってばかりいたからね。もちろん、エメロードの能力は別だよ。みんなで見ると、こんなに楽しいんだね」
屈託なく笑うサジェスの笑顔がこぼれる。
こんな風に笑うサジェスを少し前には想像できなかった。
長い髪に降り下りる雪もとても美しいと思った。
そして、彼の端正な横顔からこぼれる笑顔も。

「皆さん」
背後から突然声をかけられて、反射的に全員が振り向く。
そこにはシェバリィ先生が立っていた。
「あなた達も初雪を楽しみに来たのですか?」
「あ!シェバリィ先生。先生も?」
まとわりつくようにコンソラトゥールがシェバリィ先生を見上げる。
「そうですね。せっかくなので空を見上げようと思って。昔、友人からこうやって雪の降る空を見上げると、まるで自分が浮かんでいくようだと言われたという話を思い出しましてね」
エメロードはそう言われて、空を見上げる。
浮遊感が彼を包んだ。
「本当ですね」

「ところで、コンソラトゥール、その手にしているものはなんですか?」
「あ!」
コンソラトゥールの手には、まだぐったりと形を成していない繭が握られていた。
「ごめん! パシアンス、ごめんね! すぐ作るからね、コクーンマン!」
「い、いや、別に。大丈夫だし、その名前大きな声で……」
「コクーンマン、楽しみにしてくれてたよね、コクーンマンね」
「だから、それを大声で……」
「なるほど、コクーンマンというものを作っていたのですね」
「はい、パシアンスが名付けましたー」
「おい、ボヌール……」
「そうでしたか、しかし、残念ながらもう時間がありませんよ。授業が始まる前に頭や服についた雪を拭いて、準備してください」
シェバリィ先生は人差し指で校舎を指差した。
「え、もうそんな時間? 急がなきゃ。行こうみんな!」
駆け出すコンソラトゥールに、みんなが歩きながら続く。
ボヌールは立ち尽くしているエメロードに向かってクイッと顎で来いよと合図をした。
エメロードはうなずいて歩き出し、また足を止める。
振り向いた先、雪は少し勢いを増して降り続いていた。

エメロードは思う。
明日、雪が積もったら、朝一番に起きて、真っ白な雪に足跡をつけよう……
僕の愛するこの世界に。
明日……雪が……

?fin?

Dec. 25, 2020
ふじかわ